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Channel: 明石小五郎の昭和のプラモデル「模型探偵団」
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昭和28年頃は、

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日本プラスチックの濱田さんがプラスチック製の玩具を作り出したのが昭和28年であった、

具体的にどのような玩具を作っていたのかは今となってはわからない、

昔の古いプラスチック製の駄玩具があったら、もしかしたらそれは濱田さんが当時製造販売したものかもしれ

ない、

マルサンの金型職人のお方が証言なさっている、レベルのノーチラス号を見た時に一体これは何だ、プラスチ

ックなる素材も初めて見たと、まあ、なんというお粗末な証言だろう、これだけでもマルサンの嘘がバレバレで

ある、プラスチックが未知の素材だったら、一体それはどのようにして開発していったのだろうか(笑)、

まあ、ノーチラス号のことばかりの証言?である、そのノーチラス号のこともなんとなく怪しい、

ド素人が単純に考えても当初から疑問だらけである、

さてさて、僕が生まれたのが昭和24年5月、


イメージ 1

イメージ 2

生まれた10日は火曜日になっている、なんとまだ皇紀2609年の表示もされている、

ま、そんなことはどうでもいいが、

濱田さんがプラスチック製玩具を作り出した昭和28年といえば僕が4歳の時、

どのような時代だったのだろうか、

イメージ 3

過去の記事でも紹介しているように、これは「ヒロポン」の広告、

説明するまでもなく、このような覚せい剤は昭和25年までは発売されていた、その後法律により販売も使用も

禁止されていたが実際にはまだあちこちで使用されていた、取り締まりもそんなに厳しくなかったと記憶してい

る、もちろん、僕の家にもあった、そう、注射器tも、タンスの引き出しを開けるとあった、

いや、家族が使用するものではない、これも過去の記事で書いているかもしれないがその頃は赤線地帯で営

業していた、そう、進駐軍の兵隊相手に、そのアメリカ兵が事を致す時に使用するのである、

覚せい剤を水に溶いて注射器でうってその後に致すと最高にいいらしい、

芸能人がよく覚せい剤で捕まっているが、おそらくその使用目的はコレもあるのだろう、

戦後の昭和20年代から30年代前半までは今ではとても考えられない時代であった、しかし、それが今となっ

ては非常に懐かしく感じるのである。

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