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Channel: 明石小五郎の昭和のプラモデル「模型探偵団」
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模型店の追跡、

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先日の記事にも書いたように、出版については今のところ目途はたっていない、結果的にはそれでよかったと

思っている、なぜなら、その後いろいろな事実が判明したからである、

なぜ、日本プラスチックというメーカーが模型の歴史に登場することなく数年の活動で終えてしまったのか、

なぜ、日本プラスチックというメーカーが自ら「日本初のプラモデルのメーカーは我が社であった」などと言えな

かったのか、等々、それらのことの概要も判明した、

ただ、いろいろな事情もありそれらのことを公表することは今のところできない状況となっている、

今まで多くのプロの模型ライターの方々がプラモデルの創成期頃の歴史について書かれてこられた、

ハッキリ言って、それらはいい加減な調査であり、デタラメであったということ、

証言者の方々も嘘で脚色して自分の都合のいいように嘘の証言をなさっている、ということ、

しかも、多くの証言でなく、たった一人の証言のみでそれを信じたということ、

そして、プロのライターとしてはあまりにも知識不足、研究不足であるということ、

つまり、一部のことミクロ的なことしか頭になく、マクロ的な頭がなかったということ、

マクロ的な総合的な知識、頭があればあのような証言などすぐに見破ることはできた、

あの「マルサン物語」のようなすぐに嘘と素人でもわかるストーリーを書くことはなかったはずである、

これもまた繰り返して言うと、そこにプロの落とし穴がある、そう、プロは記事を書いてメシを食っていかなけれ

ばならない、とにかく記事にしなければならない、怪しいとか、疑問に感じてもそれらは無視してでも記事として

書かなければならない、そう、脚色して、

その結果が、「マルサン伝説」、「マルサン説」、「伝説の金型職人」となってしまった、

またこれも繰り返すことになるが、

たかが、プラモデルの歴史である、ただ、歴史というからには捏造された嘘の歴史ではなく本当の真実の歴史

をこれからも伝えていかなければならない、

しかし、これが真実だからと言って何でも真実を伝えなければならないかと言うと、これも難しい、

そう、お互いにどうしてもいろいろな事情があり知られたくない事実、事件もある、

それが、100年も200年も前のことだったら直接の関係者の方々も存在せずまた時効?などで問題はない

かも知れないが、まだまだ関係者の方々もいらっしゃるので公表できないのである、

さて、追跡調査はまだまだ続く、

これからは、布施市にあった当時の模型店の追跡である、

イメージ 1

これは、先日も紹介した当時の布施に存在した模型店のリスト、

「アメリカ堂」、「いろは堂」は昨日までに調査は終わった、

「アメリカ堂」には電話にて確認した、まだまだ建物は存在する、ただ当時のことがわかる家族の方がすでに

いらっしゃらなく当時のことはわからないと、模型店を閉店の際はマニアの方々が完成品から在庫の全てを持

って行って今はなんにも残っていないと、そう、その模型店閉店後は「お好み焼き屋」さんで今はすでにそれも

廃業されている、

「いろは堂」は、ストリートビューで見るとすでに空き地となっていた、その隣の家は存在していた、

リストの住所は当時の古い住居表示なので今の住宅地図ではまったく役にたたない、

当時の住宅地図で探し出し、今の住宅地図とで照らし合わせてその場所を特定する、

まあ暇なものだから、このようなことをやって時間を潰していけば、ひょっとしたら何か面白い情報が出てくる

かもと淡い期待を持ちながらやっている。

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