あり、当時でも最大のメーカーであったことはすでに過去の記事でも書いているとおりである、
そして、その朝日科学玩具が当時出版していた「科学と模型」もすでに紹介している、
昭和5年頃からのものを集めているが全部を集めるのは不可能に近い、やっと半分ほどを集めたにすぎな
い、
しかし、それほどのメーカーであったにもかかわらず今となってはその模型の歴史においてこの「朝日科学玩
具」というメーカーが語られることはまずない、戦前のメーカーといえば、やれ、「倉持商店」だの「にしき屋飛行
機店」だの、と誰もが知っているメーカーばかりがもてはやされてきた、そう、プラモデルにおいては「マルサ
ン」だと、
要は、先日僕が言ったように、その歴史の全体を見ないで個別のものだけ、つまり総論を見ないで各論だけを
見た結果である、つまり自分の都合のいいように作り上げてしまう、
その戦後ほとんど語られることのなかった「朝日科学玩具」をうまく利用したのが例のマブチモーターであった
こともすでに紹介している、(そう、あのマブチモーターの出発点であった学校教材用のスクールモーターのこ
とである、) マブチモーターにとってまさに「朝日科学玩具」は社の恩人であった、なのに、あのような酷い嘘
の歴史を書き上げてしまったのか、「朝日科学玩具」がなかったら今のマブチモーターは存在しなかったかもし
れないのである、(その「スクールモータ―」は社の資料室に燦然と輝くように展示されているらしいが僕はま
だ見たことはない、一度見てみたいものである)、模型業界の歴史においてもいろいろと隠されている黒歴史
ともいうべきものが存在している、つまり、成功した者に都合のいいように塗り替えられてしまうのである、
アッ、僕にも黒歴史はあった、あまり人のことは言えない、
要は、総論を見れば歴史の嘘が見えてくる、各メーカーの歴史の嘘が見えてきてしまうのである、
これは、「朝日科学玩具」が当時発売していた模型製品の一部、鉄道模型から船舶模型、模型モーター、
模型部品等々、それから、当時すでに百貨店の屋上の子供用電動乗り物まで発売していたのである、
その遊園地用電動乗り物の技術はは今も受け継がれている、
その今の会社名は「朝日テック有限会社」で3年前ほど突き止めて直接取材に行ったことも紹介しているとお
模型モーターの歴史の頁をご参考に、