https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/71996069.html の続き、
早速、その翌日に入院されている大阪の病院へ見舞いに行った、
「小川さ~ん、明石です、見舞いにきましたよ、体調はどうですか~」
「おお~、明石さんですか、わざわざ遠くからすみません」 、その声には元気さというものはなかった、
「毎日、日に2回抗がん剤を投与しています、血液のガンです、会社勤めをしていて何か体がだるく、体調が
なかなか回復しなかったので検査したらそれが判明したのです」
おそらく、自分でももう回復は難しいと感じておられたのだろう、小川さんは独身だった、
そして、出身は北海道だった、その北海道からもご兄弟全員が見舞いに来られたという、
それで、今のうちに在庫のプラモデルを整理して処分したいのだという、
「ジョイハウス」時代のことも話された、仕入れは大阪の松屋町問屋街、それと某模型店、
有名なコレクターの方々の話も出た、
「実は私も当時何個かジョイハウスさんから購入しましたが、私の名は覚えていますか」
「う~ん、明石さんの名はまったく記憶にはありません」 (笑)
「それで、今残っている在庫のプラモデルはほとんどゴミみたいなものばかりです、処分しようにも処分費用が
かかるだけです、できれば全て引き取っていただけないでしょうか、量はざっと軽トラ1台分くらいです」
僕はちょっと考えた、仮に引き取ったとしても保管場所がない、
「小川さん、ではこうしましょう、小川さんは早く元気になって下さい、そして元気になったらフリマで売りましょう
そう、静岡のホビーショーのフリマで私も一緒になって手伝いますからやりましょうよ」
小川さんは、「明石さん、ありがとう」 と涙を流して僕の手を握って喜んでくれたのである、
その後は2回ほどその病院に見舞いに行ったが、回復しているような気配ではなかった、
そしてある日、小川さんから電話があった、 「自宅療養になったので自宅に来て欲しい」
そう、自宅療養になってしまった、
そこで、僕はすぐに自宅を訪問したのであった、 <続く>