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Channel: 明石小五郎の昭和のプラモデル「模型探偵団」
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54年前の年末は、

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年末になってくると必ず?といっていいほど思い出すのが日本ホビーのM41快速戦車のことである、

イメージ 1

これまでにも何度も何度も紹介してきたこのM41快速戦車、昭和37年の9月頃に発売された、

しかし、地方価格では1,000円と普通の子供のお小遣いではとうてい無理なプラモデルであった、

そこで、僕が狙ったのが正月のお年玉であった、親戚などからのお年玉を集めてこのプラモを手に入れようと

考えたのが昭和37年の年末だったのである、

イメージ 2

このプラモデルの発売を知ったのがこの少年雑誌の広告、その今までにない大きさ、ギミック等に刺激されて

なんとか手に入れたいと思っていたのであった、

そして無事に1,000円が集まり、小学校近くの文房具店でガラスケースの中に入っていたこの日本ホビーの

M41快速戦車を手に入れたのであった、そう、何と言っても今でも当時のことを鮮明に記憶しているのがこの

プラモデルであった、

これが発売されるまではニチモの弾出しのM46パットンや、大滝、今井科学等の戦車プラモで遊んでいたが、

それらとは比べものにならないほどの大きさ、ギミックに圧倒されたものであった、

もちろんその頃、僕はマルサンのプラモデルを買ったこともないし、近所の友達がマルサンのプラモデルを持

っているのを見たこともない、その頃僕がプラモデルを買っていたのは、小学校の近くにあった3か所の文具

店、それから自転車で15分くらいの隣町にあった時計店、電車で15分くらいの隣の大牟田市にあった松屋

デパートであった、しかし、それらの店でマルサンのプラモデルの記憶はまったくない、

マルサンの悪口は先日もうおしまいと言ったが、申し訳ないがもう一回だけ?言わせていただこう、

「マルサンの功績はプラモデルを全国に流通させ、その名を知らしめそして普及させたことである」と、まあ合

言葉のように書かれているが、はたしてそうだろうか、僕は決してそうは思わない、いやそうではない、

極論するとプラスチックモデルを全国の子供たちに普及させたのは、マルサン以外のメーカーである、

そう、三共、三和、今井科学であり、ニチモであり、大滝であり日本ホビーであり、緑商会であり、つまりマルサ

ン以外のメーカーであった、

60歳代後半の年代の方々で当時プラモデルで遊んだ方々はよ~く思い出していただきたい、

60歳代後半の年代(僕を含めて)といえば、ライトプレーン、木製キット時代からプラモデルが世に現れた頃

のことをよくご存じだろう、マルサンのプラモデルを作って遊んだ記憶のある方がいったいいかほどいらっしゃ

るだろうか、当時東京ならいざしらずましてや地方に住んでいた方々が文具店等でマルサンのプラモデルを見

て買ったという記憶のある方がいかほどいらっしゃるだろうか、

あくまでも僕の場合であるが、僕はマルサンのプラモデルを見た記憶はまったくない、友達がマルサンのプラ

モデルを買ったとか作ったとかは一切聞いたこともなかった、

今考えると、それはマルサンが動くプラモデルをほとんど発売していなかったことが原因だと思われる、

つまり、当時の子供たちは僕も含めて動くプラモデルしか興味がなかったからである、

なぜ動くプラモデルがほとんどなかったのか、それはギミックを考案する技術者がいなかったのだろう(笑)

マルサンのプラモデルが注目され始めたのはマスコミ物、怪獣物のプラモデルを発売し出してからである、

ハッキリ言って、それまでは子供たちの注目を浴びるようなプラモデルはなかった、

たまたま特撮、怪獣、マスコミプラモで当たったにすぎない、だからブームが去ったあとはご存じのとおりであ

る、つまりそれまで世の子供たちにプラモデルを普及させてきたのはマルサン以外のメーカーであったというこ

と、まあ極論するとそのようなことににつきるだろう、

さてさて、最後までマルサンに悪態?をついてしまった、今年はこれで終了、来年は4日から始めよう、

来年はどうなるかわからない、できるだけ悪態をついていこうと思っている。

来年もどうぞよろしく!!

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