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  • 07/15/18--16:23: 昆虫プラモ
  • 夏になると昆虫プラモが流行り出す?

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    これは、マルサンの「昆虫の不思議」、まだ組み立て途中のもの、

    もう、3年くらいこのままの状態になっている、なぜかというと、中央のポストにコウロギが乗っかることになって

    いる、それがデカイものだから組み立てると保管場所に困ってしまう、

    さて、箱をどこへ仕舞いこんだのか見当たらない、結局はこのままの状態、

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    当時としてはなかなか出来がいい、

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    これを夏休みの昆虫採集として本物と一緒に入れても、ぱっと見ではわからないかも。

    バンダイの昆虫プラモ関連記事、https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/72310581.html

    イマイサマー作戦、         https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/70513407.html

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    今日も僕の品のない上から目線の文章を我慢して読んでいただこう、最近はそのような批判があちこちで囁

    かれているので僕の文章を読んでいただくのは非常に申し訳なく思っている、

    今回はなぜ僕がこんなに嫌らしい人間になってしまったか、ということ(笑)、2回にわけて説明しよう、

    それでは、

    人は歳をとると人間が丸くなるというが、どうも僕はそうではないらしい、

    若い頃は「いい人」だった、温厚で大人しくて、ところが段々と歳をとるにしたがって嫌らしくなってきた、

    もう今なんか僕の人生の中では最高の嫌らしさとなった、まだまだその嫌らしさは進化?している(笑)

    まさに皆とは逆行しているような気がしてならない、

    実はと言うと、僕は若い頃(20歳代から30歳代前半)までは非常に温厚で大人しかった、

    しかし、あることから思い切って意識的に性格を変えようとしたのが30歳代半ばごろだった、

    人間は自分自身が持っている本来の性格というものは変えようがない、と僕は思っている、

    だから、自分の性格を変えようとするならば開き直って意識的に変えるしかない、

    そう、本来持っている性格は内部に秘めて、外部的、表面的に変えるしか方法はないと思っている、

    悪く言うと、本来の性格は隠し持たなければならない、まあ、二重人格と表現したほうがいいのかもしれない

    が、それらを状況に応じて自由に使い分けるしかないと思っている、

    ところが、それが難しい、つい本来の性格が出てしまう、使い分けることができない、

    その理由は、人はどうしても「いい人」でありたい、 「いい人」に見られたい、という願望があるからだろう、

    ただ、僕に言わせれば、その「いい人」というのは、どうでもいい人だろう、

    会社の中で昇格し出世している人を御覧なさい、大人しい人、いい人などいない、

    ハッタリをかまし、嘘でもいいからもっともらしいことを堂々と言う人間がほとんどだろう、

    もちろん、実力がなければならないが、実力だけではダメということ、

    僕は30歳代半ばまでドン底だった、どうしようもないダメ行員だった、それは本来の性格が原因だった、

    何の個性もない、いてもいなくても、どうでもいい行員、同期はドンドン昇格し、早い者は課長にもなった、

    僕はまだヒラ、それが僕への人事評価であった、その頃はすでに僕は諦めもあった、まあ、定年まで勤めれ

    ばいいやと、

    組織内での人事評価というのは一旦定着するとそれを覆すのは難しい、コイツはダメだと決めつけられると

    いつまでもそれが付いてまわる、そしてイジメ、今で言うパワハラの対象となるのははどうしても弱い人間、大

    人しい人間、何も反撃してこない人間のところに集中してしまう、つまり、それらの対象として僕は絶好の人間

    だったのである、

    しかし、ある時に気が付いた、仕事ぶりを自分なりに冷静に観察すると先輩方と比べてもまったく遜色ない

    ほど実力はある、いやそれ以上かもと(笑)

    そこで思いついたのが、もう性格を変えるしかない、ただ本来の性格を変えることは出来ないので意識的に無

    して表面的に変えようと、最初はなかなか難しい、表面的に変えようとしても難しい、

    もうそうなったら、あとはヤケクソになるしか方法はない、

    後先のこと考えずにヤケクソとなり、開き直ったらこれほど強いものはない、

    もう、どうなってもいいんだと、クビにさえならなければいい、そう思ったら怖いものはない、

    つまり、僕は完全にワルになり切ったのである、ワルというのは悪、

    最初のターゲットになったのが直属の上司の課長だった、

    これが僕が上昇機運に乗っかるキッカケとなった、      <続く>





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  • 07/16/18--19:06: 残骸を引き取りに
  • 土曜日は相棒〒と大阪市内まで残骸の引き取りに行ってきた、

    もう、日本全国あちこちにと出没する、そう、模型の情報があれば、

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    まあ、埃だらけの木製艦船、


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    千葉支部?の〇川さん、 以上コレだけです、

    「模型探偵団」では日本全国どこへでも、無料にて模型の残骸の引き取りに応じます(笑)

    はい、日本全国どこへでもタダにて頂きに参上いたします、

    捨てる前にぜひご一報を。

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    またまた、念のために書いておきます、


    冒頭にも書いていますように、私のブログの記事の中で「真実のプラスチックモデルの歴史」に関するものに

    ついては無断で画像、記事の転載、引用等は禁じます、禁じるのはコレのみです、

    その他の記事、画像、動画等については、どうぞ、無断で盗用、引用、転載等、ご自由にお使い下さい、

    そんなに大した記事は書いていませんので無断でどうぞお使い下さってかまいません、

    私はプロではありませんので、ややこしいことを言うことはありません、

    ただ一つだけ言わせていただけるとしたら、

    盗用されるとしても、ちゃんと正確に盗用していただきたいと思います、間違った盗用をしてもらったら困りま

    す、私の記事を盗用していただけるのであれば、よく読んで、画像等もよく確認して盗用していただきたいと思

    います、中途半端な盗用ではなく私の正確な記事をちゃんと理解して正確な盗用をお願い致します、

    黙っておこうかと思っていましたが、誤った情報を流していらっしゃるのであえて言わせていただきます、

    たまたま見つけたのですが、

    某ツイッターで某ロボットのことを書いた記事が最近ありました、それは、それでいいんです、盗用されたとして

    も私としては何もクームを入れたり文句を言うことはありません、

    ただ、それならばちゃんと正確に書いていただきたいのです、記事も画像も間違いで正確ではありません、

    画像も違っています、一見すると合っているように見えますが、それが違うのです、

    おそらく、その画像はアレを使用されたのかと思います、私もその画像をブログでも使用しています、

    ただ、その画像は違っているんです、また記事のことも若干違っているんです、私の記事をよく読んで理解し

    ているお方なら気がつくのでしょうが、その断定なさったことは間違いなのです、

    さて、なんのこっちゃ、なんのことか気が付かれる方は、おそらくいらっしゃらないかも、いや、2、3人は、

    具体的に書くと、またまたトラブルになりますから、私はトラブルが大嫌いですので、

    要は、私の場合は盗用、転載、引用等は無断で使っていただいて何の問題もありません、

    なぜなら、私はプロでもなく、大した記事ではないからです、ただその大したことない記事でも正確に盗用、転

    載、引用等をして下さい、ということです、ただそれだけのことです、どうぞ、よろしくお願い致します、

    こうやって、私がお願いするのもヘンな話ですが。


    今日のこのネットニュースに感動!!https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20180717-00010006-agora-int






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  • 07/18/18--00:31: ポンポン船を作る、
  • ポンポン船を作ってみよう、


    イメージ 1

    ポンポン船はブリキだけかと思っていたら、このような木製キットもあった、

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    60年はすでに経っているのではたしてこのポンプは機能するだろうか、

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    う~ん、見た感じちょっと無理かなあ~、

    まあ、試してみないことには結論も出ない、とにかく作ってみよう、     <続く>

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  • 07/18/18--13:52: あれから60年
  • https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/72472650.html の続き、


    その頃、赤線で働く女性達を「パンパン」と呼んでいた、

    普通は不特定多数の米兵を相手にするが、特定の米兵を相手にする女性を「オンリー」さんと呼んでいた、

    今で言う、愛人契約?みたいなものであった、だから、その「オンリー」さんのために特別に部屋を用意してい

    た、そう、「オンリー」さん専用の部屋であった、

    その「オンリー」さん達の中に「マリリン」(名前を思い出せないので仮にマリリンとした)がいた、

    そのマリリンさんも、お相手の米兵と遊びに出かける際は、よく僕を一緒に連れて行ってくれた、

    海水浴場、映画館、スマートボール、そう、サーカスも観にいった、フリーゲート艦の見学もした、

    そうそう、マリリンさんとその米兵、それと母と僕の4人で写真館で家族写真?も撮った、

    実は、女性達は家族というものに憧れのようなものを持っていたのではないだろうか、

    マリリンさんだけではなかった、写真館では他の何人かの女性達とも米兵、母、僕の4人で家族写真を撮っ

    た、つまり、今考えると、女性達は家族というものに飢えていたのだろう、

    そう、母は女性達にとっては「ママさん」であった、

    せめて真似事だけでもいい、家族一緒に写真を撮ってみたい、そういうことだったのではないだろうか、

    しかし、その米兵達ともいずれは別れがくる、そう本国への帰国であった、

    いくら職業とはいえ本気で恋心を抱く女性もいた、米兵が帰国した後も手紙を今か今かと待つ女性もいた、

    まあ、手紙が来たら大変、女性は大喜び、しかし、読めない、英文を読める人を探すのが大変であった、

    しかし、所詮は叶わぬ恋、どのような内容だったのかは僕はもちろん知らない、

    中には将来を約束?したものもいたかもしれない、そう、本国で一緒に暮らそう、

    しかし、そのようなものは一時的な恋にすぎない、米兵達にとっては本国へ帰ればそんなものすぐに覚めて

    しまう、落胆しヒロポンに溺れ廃人同様になって死んでいった女性達もいた。





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  • 07/18/18--14:59: ポンポン船を作る、

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    作るのは簡単、

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    はい、これで完成、

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    キャビンのカバーはブリキで自分で作りなさいとある、そんなの無理、それは省略、

    今日、風呂に入った時にロウソクに火をつけてポンプが作動するか試してみよう。

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  • 07/19/18--14:08: ポンポン船を作る、

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    さてさて、60年以上も経ったこのポンポン船のキットは走るだろうか、

    僕がポンポン船を走らせたのはたしか小学1、2年生の頃ではなかったかと記憶している、

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    ロウソクに火をつけてポンプの下に潜らせて炙る、

    狭い浴槽内にて走らせた。



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    たまたま古い週刊誌をパラパラとめくっていたところ、


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    その週刊誌がこの「週刊現代」、

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    昭和44年5月15日号である、

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    その中に、マブチモーターの記事が載っていた、

    まあ、多分間違ったことが書いてあるだろうと読んでいたら、もちろんあった、

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    毎度のことながら世界初だのと、しかも昭和28年だと、

    この昭和44年にはもう捏造されたマブチモーターの歴史が作られていたのだろう、

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    この記事の中で、戦後まもなく郷里高松市で馬蹄形のマグネットモーターを作り出し云々、とあるが、

    それらのことも事実ではないことはすでに「模型モーターの歴史の頁」で詳しく紹介している、

    戦前の話として、

    その高松市の近くに例の「朝日科学玩具」の創業者の佐原社長の工場もあった、そこに馬淵青年は出入りし

    ていたらしい、その朝日科学玩具が日本初の学校教材用の「スクールモーター」を開発発売し、それを戦後の

    ドサクサに紛れてパクったのが馬淵青年が発売した「スクールモーター」であったこともすでに紹介したとおり

    である、しかも馬淵青年がパクったのではなく、朝日科学玩具がパクったとマブチの社史に書かれているこ

    ともすでに紹介しているとおりである、僕に言わせれば実にケシカランこと、嘘を書くなと、

    このことを「朝日科学玩具」の3代目の社長さんに言ったら、「そうだったんですか」と、ただ笑っておられた、
         (今は朝日テック)

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    結局は、マブチモーターの歴史というものも都合のいいように作られてきた、

    まあ、そんなこと、どこの世界でもよくあること、

    言いたいのは、今まで何度も言ってきたように、歴史は勝者、成功者によって捏造し作られるということであ

    り、本当の歴史の真実は消え去った者、敗者が知っている、しかし、それが今となってはほとんど知ることがで

    きなくなった、そして、その消え去った者、敗者については脚光を浴びることもなく無視され、勝者、成功者の

    みが脚光を浴びその話だけで歴史が作られてきた、ということである、

    そのことも、ほとほと言い疲れてしまった。

    今、改めて「模型モーターの歴史」というものが定められているかどうか調べてみたが特になさそうである、

    マブチモーターの歴史が模型モーターの歴史そのものみたいに語られている、

    ちゃんとした「模型モーターの歴史」を定めたいが何と言っても今となっては当時からの古い資料等がほとんど

    在しないので正確に掴むのはもう不可能だろう。

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  • 07/21/18--04:25: 22日は休み、
  • 明日、22日(日)は湯郷温泉行きのためブログは休みです、一人でコソッと行ってきます、

              http://spa-yunogo.or.jp/
    いえ、何も悪いことはしていません。