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    「通販 ジョイハウス」の小川さんは几帳面で誠実なお方であった、

    それを物語るものとして次のものがある、

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    実は、この緑商会のバンガードは小川さんから買ったもの、その領収書にはちゃんと収入印紙も貼ってある、

    それにしてもその頃はまだ安かった、大滝の煙りを吐いて走るF104Jなどは一桁違う、


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    1994年だから今から23年も前、まだインターネットを利用していない絶版プラモの通販全盛時代の頃であっ

    た、

    何と言っても小川さんの几帳面さを表すのが次のもの、


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    これらは引き取ったプラモの一部、

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    舶来物プラモは部品がバラバラに入っているが、それらをチェックして一つずつビニールに入れパックにしてあ

    る、

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    このように部品をビニールに入れてコテで封をしてある、もう、なんと几帳面なこと、

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    ちゃんとチェック表を作り部品の一つ一つをチェックしてある、

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    部品がない箇所もこのようにパーツ不足として明確にしてある、

    僕なんか絶対にこのようなことはできない、部品をチェックするなど面倒臭くてやってられない、

    だから今でも組み立ての途中で欠品に気づき慌ててその部品を自作したり、他の部品で代用したりすることも

    ある、

    「ジョイハウス」で絶版プラモを利用された方も多いことだろう、

    一人でも多くの方が「通販 ジョイハウス」のことを思い出していただければ僕も嬉しい。




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    模型の歴史を古い資料等で調べていると、いろいろなことを発見でき非常に面白い、


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                                     (昭和32年9月号 日本教材新聞)

    タミヤ模型も昔、ライトプレーンを発売したことがあるのをご存じだろうか、

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    そう、この日本教材新聞の記事にもあるように昭和30年9月頃発売していた、

    しかし、未だに僕もタミヤ模型のライトプレーンは見たこともない

    おそらく現存していてもごく僅かだろう、

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    ここには、木製の戦艦武蔵、巡洋艦、商船を発売したとあるが、その武蔵というのは次の木製キットかな、

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    さて、その教材新聞の記事の中でゴタツイた設計図に付いて云々、ということが書いてあるがその記事では具

    体的にどういうことなのかさっぱり意味がわからない、わからなければ追跡調査するのが僕の趣味である、

    そう、気になることは徹底的に追跡調査しないと気が済まない、もう暇で暇で仕方ないのでそれしかやること

    がない、ましてや模型のこととなるとどうしても過熱気味になってしまう、

    追跡調査すること数年?、その詳細はもちろん具体的に判明、こんなことどこを探しても書いてあるわけない、

    う~ん、 しかし、 これもここでは書けないなあ~、

    ひょっとしたら、去年の明石での講演で言ってしまったような記憶もあるが、どうだったかなあ~、

    ああ~、そういえば戦艦大和のプラモの船底にロゴの刻印がないことについても説明したような ・ ・ ・ ・ ・

    まあ、直接なら、コソッ、と教えてあげることもできるが、なんだか僕にも隠し事が段々増えてきた。



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  • 08/16/17--14:08: 業界初の米国視察団
  • 取材した〇〇〇〇工業さんは静岡のT社の社長に誘われて渡米したという、業界初の米国視察団であった、

    それで、それを確認するために日本模型新聞の当時の記事を探した、

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                昭和41年2月7日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

    これはその時の募集記事である、 募集期限は昭和41年2月20日、

    まあ、当時は今と違ってまだまだアメリカへ行くことなど大変なこと、見送りなど大変な騒ぎだったようで、

    さて、その視察団に参加したメーカーは、  次号ではそれと、その時の出国の様子等が載っている、     <続く>

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  • 08/17/17--14:21: 業界初の米国視察団

  • さて、業界初の米国視察団は何人ほど集まったのだろうか、


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                           (昭和41年2月28日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

    それは、28人、もちろん〇〇〇〇工業さんも入っている、マルサンは入ってない、

    まったく知らないメーカーもある、

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    このように、盛大な見送りを受けて米国へ出発、

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                 (昭和41年3月28日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

    そして、無事に帰国したことも記事に載っている、そのお土産話は次号に詳しく記載されている、

                                                        <続く>






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    https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/72015686.html の続き、


    日本プラスチックがレベル社のプラモデルを生産していたという件について、

    結論から先に言うと、その確証は得られなかった、そう、証言等も得られることができなかった、ということ、

    ただ、岸川さんの著書である、「日本懐かしプラモデル大全」に書かれてあるその東大阪の町工場でレベル社

    プラモデルを昭和28年頃から生産していた、というくだりは益々信憑性を帯びてきた、という感じがしてなら

    ないのである、おそらく、そのことは間違いないだろうと僕は思っている、

    なぜそう言えるのか、またそのことがここでは書けないのである、そう、人には知られたくない歴史というもの

    がある、

    よって、まだ確証がないので今のところ、本件を日本プラスチックの歴史の中に付け加えることはない、

    また別方向から追跡調査するしかないだろう、





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    暑いので少しばかり涼しい?話を、模型の話ではない、


    そう、僕が今までの仕事の中で一番恐ろしかった出来事である、過去の記事で書いたかもしれないが、

    僕は多くの遺体を見てきた、 孤独死、首つり自殺、病死、飛び降り自殺、等々の遺体である、

    数えたこともないが、ざっと20体以上は見たのではないだろうか、

    初めて見る場合はかなりの勇気?がいる、しかし、段々と回数を重ねているうちに慣れてしまうので慣れとは

    恐ろしい、初めはその死臭に耐えることになる、マスクをしていてもその臭いは浸透してくる、ハンカチを何

    枚も重ねて部屋に入ることになる、警察官の方は凄い、まあ仕事だからかもしれないが、マスクも何もしないで

    平然と入っていかれる、スーツなどを着たままで入ると大変なことになってしまう、死臭が浸み込んでしまう、そ

    れだではない、僕は髪の毛が少なかったので大したことはなかったが、髪の毛がある人は大変である、

    そう、髪の毛にも死臭が付いてしまう、だから、作業着を着て終わって帰宅したら玄関ドアの前で塩をふっても

    いお祓いをして直ぐに風呂に入ってシャンプーをしなければならない、

    遺体の状況もいろいろで、黒くなってミイラのようになっているものや、脂漏化してヌルヌルになっているもの、

    ウジが湧いてそのウジがぐにょぐにょとうごめいているもの、まあ、気の弱い人なら即卒倒するかもしれない、

    11階から飛び降り自殺された方の脈をとって死亡を確認したこともある、

    そのようなことは慣れればなんということもなくなる、その現場にいるのは僕だけではないので、

    怖いのはその後の処理である、何と言っても僕がこの世で一番怖いのが幽霊だからである、

    亡くなられた方に親族がいればその部屋の処理は任せればいい、そう、遺品整理、家財道具の処分など、

    誰も親族等がいなければこちらで対応することになってしまう、そう、遺品の処分である、

    一人でその部屋に入るのが超恐ろしい、もちろん、その際は玄関ドアは開けっぱなしにするのが鉄則?そう、

    すぐに外に逃げられるように(笑)

    そして、まず全ての窓を開けて空気を入れ替えて、もちろん死臭等が酷い場合は作業着でマスクをして、部屋

    に入って引き出しを開けて中身をチェックしたり、

    何と言っても、亡くなった方の部屋の中でコソコソと一人っきりでいること自体が怖い、恐ろしい、

    後ろを振り返るのが怖い、背後に何かがいるようで恐ろしい、

    怖いのが部屋のドアを開けたり、風呂場のドアを開けたり、ドアを開ける瞬間というのが怖い、

    ワッ~、と何かが出てきそうで超怖い、恐ろしい、

    ある部屋に入った時、黄色く点滅していた、携帯電話であった、もうそれだけでもゾッとする、

    僕はその携帯電話の画面を見た瞬間、恐ろしくなって玄関の外に飛び出してしまった、

    その携帯の画面には、 「着信アリ」、となっていた、  そう、そのホラー映画が流行っていた。





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    模型業界にとって僕らの存在は非常に目障りで要注意人物であることはすでに何度も書いているとおりであ


    る、そう、特に静岡の模型業界にとっては目障りな存在になっているのはあらためて言うまでもないだろう、

    また次のことも今更言うまでもないが言っておこう、

    実はその模型業界だけでなく、そのスジの業界人?の方々からも目障りな存在として嫌われている、

    そう、素人でその他大勢の部類の僕らがその方々の領域を荒らすものだから嫌われてしまう、

    今日は、それらの方々に謝ろう、いや、悪態をついてやろう、

    「いつも上から目線で書いてすみませ~ん」

    「いつも、余計なことをやってすみませ~ん」  「いつも出過ぎたことをしてしまってすみませ~ん」

    「真実のプラモデルの歴史のことを調べてしまってすみませ~ん」

    「静岡のメーカーの闇の歴史を暴いてすみませ~ん」(ただ、これについてはまだ公開していませんのでいつ

    公開しようかと悩んでいます(笑))

    「無断で何のおことわりもなく静岡のテレビに出てしまってすみませ~ん」

    「ブログでいつも悪態ついてすみませ~ん」

    え~っと、他に謝ることはなかったかな~ 、 沢山あって思い出せない、(笑)

    正直な話、模型の趣味の世界で遊ぶのも楽ではない、

    そのスジの業界人?の方々の気分を害してはいけないので気疲れしてしまう、

    出過ぎたことをしたらいけない、素人の雑魚たちは引っ込んでいないといけない、

    たかが模型の趣味の世界でも、俺が!、俺様が!の世界なのだろう、俺の前に出るな!ということだろう、

    そうなると、余計にド素人の僕としては自由気ままに出過ぎたことをやり、邪魔をしたくなってしまうのである、

    そう、そのような方々のことをいちいち気にしていたら何にも動けなくなってしまう、無視したらいい、

    雑魚の部類の僕としてはいくら叩かれようが何の影響もない、別にどうってことはない、

    噂によると、僕のブログを読むと不愉快になったり、気分が悪くなったりするのでもう絶対に読まないという

    方々もいらっしゃるらしい(笑)、別に読んでくれなくていい、興味のあるお方だけ読んで笑ってくれたらそれで

    いいのである。

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                               (昭和44年4月4日 日本模型新聞 ㈱ジートッププレス監修済み)

    日本模型新聞にいい広告があった、松下幸之助さんの「共存共栄」という言葉である、

    どうも、昔から模型業界、模型の趣味の世界にはこのような共存共栄という言葉はないような気がしてならな

    いのである。

    ※ 僕の猛烈?な模型業界への批判、反発はあの田宮模型の元役員(次は名前を出してもいいと思っている

      が)のお方から因縁をつけられたのがそもそものキッカケである、それがなかったらここまで言うことはなか

      っただろう、

      そう、すでに記事でも書いているように、「プラモデルの名称は使うな」というトンチンカンな因縁であった。

















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  • 08/20/17--15:15: 昔は合本が流行って


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    これは一見昔の辞典のように見えるが辞典類ではない、雑誌を合本製本したものである、

    1年分とか6か月分とかの月刊雑誌をまとめて製本したもの、今でも合本製本してくれるところもあるが、

    月刊誌をそこまでして保管する方はあまりいないだろう、戦前は出版社のほうで合本製本して発売するのが

    結構流行っていた、合本製本して保管すると外側の表紙は傷んでも中身の本自体は綺麗に保たれる、


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    昭和初期の6、7、8年頃のものでも中身はほとんど新品状態で痛みはない、

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    戦前の科学、軍事、模型の歴史等を研究するうえでは、このような雑誌類は欠かせない、

    例えば、過去の記事でも紹介しているように戦前には戦車模型キットというのは発売されていない、

    唯一発売されていたのが、https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/68945617.html

    まあ、そのキットはボール紙製の動かない戦車模型であったが、その頃モーターで走る戦車模型というのは自

    分で作るしかなかった、

    当時の雑誌でも自作記事はいろいろと記載されているが、その一例を紹介してみよう、


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    これは、模型モーターで走る戦車模型の制作方法を記載したもの、

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    全長29センチ、

    この頃にセンチ、ミリ、を使用していたとは、 寸、尺、だとばかり思っていた(笑)

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    まだマブチモーターみたいな小型な模型モーターは存在していなかったので、その設置には場所をとったこと

    だろう、もちろん、今の乾電池のような小さなものはなかったのでボディー内に電池は収納できない、

    だからリモコンではないが、リード線を伸ばして外部から電池を繋いで走らせたのだろう、

    このような戦車模型を自作するにはかなりの職人技と工作機械が必要だろう、

    しかし、当時の人たちはこのような模型を作り展覧会で出品してその腕を競い合っていたというから驚きであ

    る。

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    この趣味の世界に入って22年ほどになる、もうそろそろこの世界から足を洗ったほうがいいのかも、と思って

    いる、そう、目的を達したら足を洗おうと思っている、

    その目的を達したらというのは、もちろん、真実のプラスチックの歴史というものが活字になり本となって世に

    出回ることである、

    模型の趣味の世界に入り込んだ頃はチマチマと自分ひとりで気に入った古いプラモデルを入手し組み立てて

    動かして遊んでいた、そしてブログなるものが現れたので、その自分のお馬鹿ぶりを紹介し笑ってもらうため

    に毎日綴ってきた、そうしたら今度はプラモデルの歴史というものに疑問が生じ、それはマルサン商店が捏造

    し手作り上げたものであることに気がつき、そもそもその研究自体が充分でないことが判明し、それなら本当

    の真実の歴史というものを調べようと今までやってきた、

    しかし、このプラモデルの趣味の世界に入り込めば入り込むほど、この世界も嫉妬、妬み、陰謀が渦巻いてい

    ることに気が付いた、たかがプラモデルの趣味の狭い世界である、

    先日の記事で「共存共栄」という松下幸之助さんの言葉を出したが、模型の趣味の世界ではありえるのだろう

    か、結論はありえない、

    ハッキリ言って何度も言うように、この趣味の世界で楽しく遊ぶのは決して楽ではない、

    とにかく、何度も繰り返すがこの世界にも陰謀、嫉妬、妬み、等々が渦巻いている、

    お互いに同じ趣味を持つ者同士が仲良く、ある時は切磋琢磨して楽しんでいけばいいものをお互いが敵視

    し、足を引っ張りあい、陰で罵り合い、まあそのような世界だとは当初は知らなかった、

    俺が俺が、という世界だということは知らなかった、

    昨日までは友だったのに今日は敵になるような世界だとも知らなかった、

    僕の場合は素人の雑魚の部類なのであくまでもコソッと作って動かして遊んで、コソッと研究して、コソッとこの

    ブログに書き込んでそれをご覧になった皆さんが笑ってくれたらそれで嬉しいのであった、が、それが気に入ら

    ない方々がいらっしゃるのであった、

    僕は別に目立ってやろうとか、誰かを出し抜いてやろうとか、そのようなことは全然考えてはいなかった、

    ところがである、僕のお馬鹿ぶりが段々と知れ渡り、特にプラスチックモデルの真実を調べ出した頃から急に

    毛嫌いする方々が出てきてしまった、そう、不都合なことが出てしまうからである、

    これもハッキリ言わせてもらうと、自分のお株を奪われた、となにか勘違いなさっているのだろう、

    ま、確かにそれも言えるが(笑)

    確かに、ド素人の僕らが出過ぎたことをやっているのが気にくわない、というお気持ちもよくわかる、

    しかし、女の嫉妬は可愛いが、男の嫉妬、妬み、陰謀というものは非常に見苦しい、

    もちろん、僕にも嫉妬、妬みは持っている、が、それはコントロールできればいい、

    最近はそれがコントロールできない方々が増えているような気がしてならない、

    例えば、

    数か月前に静岡の今井科学のTV放映の件は記事にも書いたとおりであるが、別に僕が出たくて出たわけで

    はない、収録の数日前に資料がないのでなんとか協力して欲しいと要請があったので協力して出ただけのこ

    と、言いたくはないが、僕の協力がなければタダの座談会で終わったはず、しかも最後のところで資料提供者

    の名前で僕の名前だけ削除されていた、編集も不自然、これは何を意味するのか、非常に悪意的なものを感

    じてしまうのでる、詳しくは言えないが何か陰謀がはたらいたのだろう、このようなことを今更言うべきではな

    いが、あまりにもひどいので黙ってはいられない、DVDで撮っていらっしゃる方はもう一度最後の資料提供者

    のところを確認していただいたら、おそらく、あ~、とわかる方は僕が言っている意味がおわかりになるだろう、

    まあ、とにかく静岡地区でも僕らは本当に出過ぎたことをやっている、

    これもすでに記事にも書いているが、https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/71940795.html
                            https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/71872293.html

    そう、それも気に入らないのだろう、 「何でコイツラがこのような施設で展示できるんだ」 と、まあ、それは貴

    方らの人徳のなさ、それを反省すべきだろう、

    実際にここで展示したいお方は大勢いらっしゃるらしい、

    それがそのスジの業界人でもない素人でタダの僕らが展示しているものだから、怒り狂っているらしい(笑)

    まあ、繰り返すがこの趣味の世界も「共存共栄」はありえない、こちらが共存共栄やりたくても出来ない、

    ハッキリ言って、これからはそのような方々を気にはしていられない、好き勝手にやっていくしかないだろう、

    そのような抵抗勢力に負けないで今後も出過ぎたことをやっていくしかないだろう、

    そして、目的が達成できたら、もうこの世界からは僕も足を洗ったほうがいいのかもと思っている。

    ※ 今日も悪態をついてしまったが、何の意味もなく悪態をついたわけではない、このまま黙っていると益々調

      子に乗られ今後の活動がスムーズに出来なくなるので牽制の意味で警告しただけ、繰り返すが最近は便

      利になった、すぐに情報は全国に発信することができる。





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  • 08/22/17--13:50: 戦時中の業界紙

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    これは戦時中の玩具業界の業界紙である、郵便で受け取ったまま読まれなかったのだろう、

    この状態で残っているのは非常に珍しい、

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    約束郵便となっている、今で言う料金後納郵便のことだろう、

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    「大阪玩具新報」となっている、

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    発行は昭和18年10月号となっている、


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    これは、同年11月号、なんとたった1か月でカラー刷りから白黒になっている、

    これは戦局の急激な悪化を示すものだろう、

    ただ、戦時中でもこのような業界紙が発行されていた、


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    布施市長堂2丁目59 となっている、あの大阪化学研究所のすぐ近くである、


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    もちろん、これらの模型の素材は木製と紙製、

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    当時の日本玩具統制協会の理事長が倉持商店の倉持福雄さんであった、そう、製品の審査、材料の配給を

    調整する団体であった、

    その倉持商店がその頃発売した戦車模型キットが、https://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/71936703.html

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    当時は国策で模型飛行機教育が奨励されていたことは過去の記事にも書いたとおりである、

    そうそう、先日取材に行った〇〇〇〇工業さんもこの頃はライトプレーンの竹ひご、リブ等を製造し、戦後は

    ゴム屋さんになったのである、




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    これは、日本玩具統制協会が発行していた機関紙、

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    随分と勇ましいことが書いてある、

    このような当時の業界紙等を読むと当時の業界内のことがよくわかり面白い。