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    たしか2年ちょっと前だったか、なかなかの名言?いや迷言があった、


    「見たいものが見えてしまった」、「催眠術にかかってしまったようだ」

    そう、地質学で権威の東大地震研究所教授の名言である、何か人間の本質というか、本音という

    か、なぜか妙に言い当てているようで面白いというか、大笑いするような名言であった、

    覚えていらっしゃるだろうか、その事件を、

    あの立川断層の現地での説明会で起きた事件である、

    原発反対を唱えるその地質学で権威の東大地震研究所教授が開催した説明会であった、

    これが立川断層が動いた痕跡だという現地での説明会で、実際は断層が動いた痕跡ではなく、以

    前に工事をした痕跡だったという、もうマンガとしか言いようのない事件である、

    そして、この岩石がその断層が動いた証拠だというその岩石が実はコンクリートの塊だったという

    大笑いしてしまう事件であった、

    しかも、その間違いを指摘したのが現地での説明会を見学していた土木工事の方だったというか

    らもう笑が止まらない、

    「本当に権威ある教授なのか?」 「コンクリの塊と岩石の見分けがつかない人が東大の地震

    研究所の教授をしていることにタマゲタ!!」 などと驚きの声が、

    ある、学者の話では、

    人工物が劣化したものと自然物との見分けはつかないのだという、いやそのような見分け方の訓

    練はしていないのだという、もう話にならない、幼稚園以下のレベルである、

    そう、僕がいつも言っているように、学者は世間知らずなのである、物事の見方をまったく知らな

    過ぎる、その一部分のみにしか目に入らない、そのことしか研究しない、だから大局を見逃してし

    まう、しかし、仮にその一部分しか研究していないと言っても権威ある有名な地質学者である、

    コンクリートの塊と自然物の岩石くらいの見分けは素人でもわかるだろう、現にその場で見学され

    ていた地質学とは無縁の素人の方が遠目で「あれは、コンクリートの塊では」と指摘されたくらい

    なので、

    そして、仮に活断層だとしても、はたしてそれが1,000年周期なのか万年周期なのか、それとも

    100万年周期で動くのかはまったくわからないと言う、から、またまた話にならない、

    そして、その権威ある教授の言ったことに大笑いしてしまう、

    「見たい物を見てしまった」 「催眠術にかかっていた」 と、

    ただ、正直に本音を言ったことは大いに評価したい、正直に妙に自分のことを言い当てている

    ようで可愛らしくも感じてしまう(笑)

    そう、何が何でも原発を止めたいので立川断層が動いたことにしたい、たまたま岩石みたな物が

    あったのでそれを断層が動いた時の岩石としたかったのだろう、もちろん、悪意ではなかっただろ

    う、立川断層が動いた時の岩石に決めてしまった、悪意ではなく催眠術にかかたように無意識の

    うちにそう決めてしまった、それにしても情けない、天下の東大の権威あるお方がそのような幼稚

    園レベル並みの頭では、これが現実の学者達の頭かと思うとゾっとしてしまう、

    そうなると、今までの断層でいろいろな説を唱えてきた学者達の言うことは本当に大丈夫なのかと

    どうしても疑ってしまうし、今までのことが根底から覆されることになってしまう、

    そう、ひょっとしたら、昔の土木工事の跡ではないのかと、

    僕がいつも言うように下手なタダの偏った知識の塊の学者、大学教授の言うことはまったく頼りに

    はならないし信用ならない、それを信じて動いたらそれこそ大変な目にあってしまう、

    原発もないほうが絶対にいいことに間違いはない、しかし、綜合的に考えて全てなくすことは現実

    的ではないだろう、それとその技術は温存しておかなければならないから、

    原発反対の機運が高まったのはあの東北の大震災がキッカケだろう、

    原発は危険で一度事故が起こったらそれこそ大変なことになってしまう、それは事実である、

    しかし、もう一度よ~く 考えてみたらいい、僕の単純な頭でもわかる、

    あの震災で福島原発が事故になったのは、地震ではなく津波でやられたからである、

    その津波の力で破壊され電源装置が使えなくなり冷却が不可能になったからである、

    なぜ津波でやられたかと言うと、防潮堤が低かったからである、そして、海水が押し寄せ電源装置

    に浸水して使用できなくなったからである、なぜ電源装置に海水が浸水したのか、それはその電

    源装置が地下に設置していたからである、なぜ地下に設置していたのか、それはその電源装置

    の設計工事はアメリカの企業に任せたからだという、なぜそのアメリカの企業は地下に設置した

    のか、それは元々アメリカでは津波など想定していないからだという、

    だから、防潮堤を頑丈なものにそしてより高いものにして、電源装置を高台に設置していればあ

    の福島の原発事故はなかったという、その証拠にすぐ近くにある女川原発はビクともしなかった、

    ましてや、万年に一度か、何十万年に一度しか動く可能性がない活断層と称する上に建てるのは

    危険だというのはどうも理にかなわないような気がしてならない、そしてそれは永久に動かないか

    もしれないともいう、そのような天文学的な確率のリスクをあおっていたら、それこそ生活もなにも

    出来ない、淡路島の「震災記念館」で実際に見たらいい、あの活断層の真上に建っていた家屋は

    倒れてはいない、外観はほとんど無傷である、確かに中の部屋は少し段差が出来ている箇所も

    あるが住もうと思えば改修して住める、隣には豪邸がその断層の真上に新築されている、

    昔の活断層と称する真上に建てるというのは非常に危険だというなら、まあ、多くの家屋、マンシ

    ョン、ビルはその活断層の上に建っているだろう、だったら住めないなあ~、

    しかし、皆、気にせず?住んでるなあ~、一体どうしたらいいのだろう(笑)

    つまり、あらゆるリスクを気にしていたら生きてはいけない、極論すればそういうことだろう、

    心配するべきことは、中国、韓国などの原発だろう、それこそ事故でも起こされたら風に乗ってま

    ともに日本に向かってくる、こればかりは対策のたてようがない、

    このように、学者達が言っていることを真に受けていたら何も動けないし、生きていくことはできな

    い、政治の世界でもそうだろう、学者が政治の世界に入ってくるとロクな事はない、

    その条文のことしか目に入らないのだから、大局をまったく見ていないのだから、見ようとしないの

    だから、それは、学者の派閥のボスの意見に合わせないと業界では生きていけないらしい、

    まったくロクでもない学者たちの世界である。



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    ウルトラセブンは昭和42年からの放映なので今までテレビで観たことはなかった、

    今日、初めてユーチューブで観てみた、


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    その「ウルトラセブン」シリーズの「700キロを突っ走れ」では怪獣戦車が登場する

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    この戦車の台車に乗った怪獣である、

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    何かで見たようなキャタピラ、実はこれは日本ホビーのポリキャタピラであった、

    ということは、この戦車の台車は日本ホビーの、

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    そう、日本ホビーの戦車プラモの台車である、

    もう、このシーンではキャタピラもガンガン回っている、

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    それにしても、この日本ホビーの台車は実に勢いよくガンガン走る、

    こんなにガンガン走る日本ホビーの戦車は見たことがない、電池を何本も繋いでいるのだろう、

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    このウルトラセブンと怪獣戦車との戦いはシーンが長いのでプラモ目線で観ると結構楽しめる。

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    ん、ん、ポリキャタピラが地面にちゃんと接地してない、なんか浮いている感じが、

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    戦車の底をよ~く見たら、なんと、キャスターみたな車輪付きの台車に戦車が乗っかっている、

    そう、日本ホビーの戦車のサスペンションのスプリングは弱く、手で押してもへっこむくらいなの

    で、ましてや恐竜が乗っかってしまってはペッタンコになってしまうどころか、転輪の支柱も折れて

    しまう。

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    昨日、自転車で神戸市内をいつものように巡回していたが、いつもとは違う横道に入ってみた、

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    いつもは、ここの真向いの大道路を走っていたが、たまには知らない横道に入ってみようと、

    川崎重工の工場群内に入ってみた、そうしたら、その横道を入った途端に新幹線のこだま号が剥

    き出しで屋外展示されているのを発見、この道端に常時展示されているらしい、

    しかも、その隣には何かカバーで覆われている何かが、

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    カバーの中はこれまた懐かしい「こだま号」が展示されているらしい、それも綺麗に修復中とのこ

    と、ただ、いつ完了するのだろうか、

    この道をずっと中に入ると川崎重工の電車工場に入っていく、いままで一般は入ってはいけない

    と思っていたので入らなかった、しかし一般車も通行していいらしい、自転車で通行している人

    もいる、入っていくとなんと途中に踏み切りがあった、そう、工場内に通じている踏切である、

    その踏切も通っていい、

    その両側は電車の工場群になっている、おそらくここで新幹線も作っているのだろう、

    撮影しそこなったので、今度と通った時に撮ってこようと思っている。

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    http://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/70634362.html からの続き、


    さて、その事故住宅はその後どうするのか、

    アッ、その前にその事故住宅の遺品整理処分で部屋に入るが、さすが僕でも一人で入るのは怖

    い、何と言っても僕がこの世で一番怖いのが霊なので、ただ今まで一度も出会ったことはない、

    もちろん、出会いたくはない、業者と一緒に入らないと怖い、一通り部屋の中を点検したらあとは

    業者に任せて僕はさっさと退散する、遺品の処分が終わったら部屋の補修である、

    もちろん、僕が作業するわけではない、

    まず、畳、襖、壁クロス、を全て取り払い廃棄処分し、部屋全部を消臭、消毒する、

    そして窓等を全開して風を通す、死臭の具合にもよるが数週間、要は死臭がなくなるまで、

    数週間たったら臭いをチェックする、臭いがまだ抜けていなければ再度消臭作業、

    僕は鼻が効くので何度でも消臭作業となる、完全に臭いが抜けたら一定期間寝かす、

    一定期間が経ったらいよいよ部屋の補修となる、壁クロス、畳、襖は新調する、

    そして完全に部屋の補修が終了したら、新規の入居者の募集開始である、

    もちろん、告知義務というものがある、事故住宅であったことを募集の際にはちゃんと告知しなけ

    ればならない、そして家賃は1年間が半額となる、これが結構人気物件でその事故住宅ばかりを

    狙って入る方もいる、もし興味があるなら受付窓口で「特別募集は今ありますか?」と聞いたら答

    えてくれる、そう、大々的にPRはしていないので、

    問題は幽霊が出るかどうかということだろう、僕の場合は直接入居者から聞いたことはない、

    まあ、その事故物件ばかりに住んでいる方も実際いるわけだから、ほとんどの場合は出ないのか

    しれない、そう、絶対ではないみたい、他の所では出た、という話は聞くことがある、

    ただ、告知義務として説明を受けたとしてもその受付担当者は具体的にどの場所でどのような死

    亡事故だったのかは知らないし、知らされてはいない、ただ単に自殺されたとか、孤独死とか、そ

    の程度である、

    これも、知らぬが仏、例えば浴槽内で浸かったまま亡くなったとしよう、

    その浴槽が長年経って使用に耐えないものであれば新規に交換するが、まだ新しい浴槽や、まだ

    まだ充分に使用に耐えうる場合は交換はしない、浴槽を消毒して綺麗に磨き上げるがそのまま使

    用することとなる、はたしてそれを知っていたら、例え家賃が半額でもずっとその浴槽に入ること

    ができるだろうか、まさに知らぬが仏だろう、

    それともう一つ、

    例えば、その事故住宅に入居した人が、どうも何か気持ちが悪い、寝つきが悪いとかで入居後わ

    か一週間ほどで退去したとしよう、

    その場合、その住宅は次に入居募集する際は普通の一般募集の形となるのである、

    そう、一度でも誰かその住宅に入居すれば、もう事故住宅ではなくなるのである、

    もちろん、過去のことについての告知義務はなくなるのである、

    これも知らぬが仏、もう知ったら不安が一杯で賃貸住宅に入るのが怖くなってしまうだろう。





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    僕が初めて、そう生まれて初めて自作したものがこのロボットである、

    小学校では夏休みの宿題等でちょっとした工作物を作っていたが、そのようなものはまったく作っ

    たことはなかった、まあせいぜいプラモデルに熱中していたくらいである、

    今流行の言葉で言うと、フルスクラッチとでもいうのか知らないが、全てギア等の廃品を利用

    して作ったものであった、今井科学のパトロールロボットをイメージして作った、

    作ったのが還暦を過ぎてから、そういえば、ゴムキャタピラを作り始めたのもその時期からであ

    り、今から6年前のことであった、

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    まあ、モデラーの方々から見れば笑ってしまうような中学生の工作並みの代物である、

    はじめは出来るかどうか自分でもわからなかったが、とにかくやってみようと思い立ちやってみた

    ら意外にもできるものである、


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    3個のスイッチで目玉の電気が点き、手と両サイドの脚を交互に振り、車輪で前進する、

    そして、胸を開ければ中にギアを組み込んでいるのでそのギア達が回転している、

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    ところが、今電池を入れてスイッチを押してみても動かない、いろんな箇所が固まっているのだろ

    う、動く模型というものは放っておくと必ず動かなくなってしまう、

    毎度のことながら、定期的に動かして遊んでやらないとひねくれてしまう、

    だから、可愛くなって愛しく?なってきて仕方がない、そう、手がかかるほど可愛いものはない、

    これは、模型に限らず人間もそうだろう、手がかかる者ほど気になり面倒をみたくなる、

    職場でもそうだろう、それこそ可愛い女子社員でもいたら気になってしかたがない、

    オバサン社員達にいじめられたりしていたら、つい味方になって面倒をみたくなってしまうかもしれ

    ない、そうしたら、今度は自分がオバサン達の批判の嵐を受けイジメラレることとなる、

    本当にこの世でうまく立ち回るのは難しい、

    アッ、また脱線してしまったが、

    すでに過去の記事でも紹介していたように、このロボットを作った後、引き続きサンダーボーイ、

    それからマンモスキングと自作して動かしたが、それ以降は作ってはいない、

    もう、自作してまで作ってやろうという気力も薄れてきたし、せいぜいプラモデルくらいを動かして

    楽しむくらいで、あとは静かに皆の邪魔をしない?程度に過ごすのみである。



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    昭和47年に公開された「地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン」を観てみた、


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    これは、特撮陣が製作したものだろう、なんとなくデストロイヤータンクに似ている、

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    画像が不鮮明でよくわからないが、下部足回りはM24のものを使用しているかも、

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    おそらく、このように隊列をなして走らせるのは、何回も何回も走らせて撮影したのだろう、


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    これは、過去の映像の使い回し、

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    この列をなして走っている61式は相原模型、上下が継ぎ足しのものではない、


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    これは、「キングコング対ゴジラ」のシーンの使い回し、

    砲身にマズルブレーキを付けた61式風の米沢玩具M4シャーマン戦車である、

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    これも散々使い回しされて、もう見飽きてしまった、

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    この自衛隊のM25チャーフィ戦車の映像も使い回しされている、

    この頃になると少ない予算で作られているので、見飽きたシーンが大分出てきてしまう。

    次回の「ゴジラ対メガロ」では更に予算が削減されそのほとんどが流用されたシーンばかりとなっ

    ている。


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    昔、「ソノシート」というのがあった、

    フニャフニャしたレコード盤である、そう、ビニール盤みたいなレコード盤である、

    普通のレコード盤と比べると格段に安価だったので当時は急速に普及していた、

    特にアニメソング等や少年雑誌の付録にも多く活用されていた、

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    今と違って軍国少年?の僕らとしてはこのような戦記物に興味があった、

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    当時の価格でも200円から300円くらいで購入することはできたが、プレーヤーがない、

    プレーヤーなんて買う余裕もない、だからほとんど聞かずに終わってしまった、

    ただ、今聞くとなってもプレーヤーがやっぱりない、だから未だに聞いたことがない、

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  • 09/01/15--14:19: ゴジラ対メガロ
  • さてさて、昭和48年に公開された「ゴジラ対メガロ」、そのほとんどのシーンが過去の作品の流用


    となっている、コスト削減、低予算で製作したからだろう、

    ハッキリ言って、出演している俳優さんも、 ・ ・ ・ ・ ・

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    全部、流用、

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    相変わらず、日本ホビーの61式戦車もこの時代になっても溶かされ役、ず~っと、このシーンを

    流用され続けられている、


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    この自衛隊のM24も過去の映像の流用、このように自衛隊車両のシーンは100パーセント流用

    である、ただ一つ気になるシーンといえば、

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    このシーン、模型店のシーン、

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    昭和48年の映画なので、僕が興味を持つプラモデルはないと思うが、

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    田宮の戦車が見えるが、この時代のものは特に興味はない、

    そうそう、昭和48年といえば僕が結婚した年である、時に23歳の超若い頃であった、

    その頃は東北の仙台勤務、映画「ポセイドンアドベンチャー」を観た記憶が残っている。

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    今年の流行語は「パクリ」になりそうだが、 「せめて写真くらいは自分で撮りに行け!!」

    「汗を流せ!!」 最近の学者、教授もそうだが汗を流すことを知らない、ただ、机の上だけで事を

    済まそうとする、叩き上げの学者、教授が少なくなった、なんでも、最近は若干30歳で社会学者と

    やらが報道ステーションとやらで意味不明のことを言っている、世間知らずの30歳で学者とは学

    者の世界のレベルも落ちるとこまで落ちたものである、いや訂正、26歳の時にはすでに社会学者

    になっていたらしい、それをまたテレビで使うというのだからよっぽど学者の世界には人材が枯渇

    しているのだろう、それこそ、企業としては絶対に採用したくない人間である、もっとも企業が採用

    しないので簡単になれる社会学者になったのかも、

    アッ、そうそう、デザイナーがやらかした写真流用のこと、

    ましてや公に公開する写真まで人様の画像を勝手に流用し、それを加工して作成する時間がある

    なら自分で撮りにいったらいい、これだけネットが広がっていろんな情報等がわかるのに、人様の

    ものをパクッタり、流用したりしたらそれこそバレルのはわかっている、ましてや、自分が脚光を浴

    びるとどうなるのかわかっているだろう、人様は妬みや僻みに陥ってしまうくらいわかっているだろ

    う、なんとかアラを探して引きずり落としてやろう、なんて考えるのはわかりきっているはずであ

    る、パクリはいずれは絶対にバレテしまう、それがわからなかったとしたら可愛そうな人である、

    「学者馬鹿」という言葉があるが、これは「デザイナー馬鹿」としかいいようがない、

    そう、それだけしかわからない、その一部の自分の分野のことだけしかわからない世間知らずと

    いうものだろう、まあ環境がそうさせたのかもしれないが、

    僕なんか、たった一つの記事を書くだけ?のために、写真を撮るだけ?の為に往復50キロ弱、

    往復で5時間もかけて写真を撮りにいく、しかも、15分ほどですむ記事を書くために、

    しかも、自転車で(笑) さて、ここからが本題、

    一昨日も神戸までを往復、


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    夏も終わり、大蔵海岸もほとんど人影はない、

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    正面の歩道橋は15年ほど前に起こったあの痛ましい明石歩道橋事故の現場、

    左へ渡ると朝霧駅の改札口へ、右が海岸へ、

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    幕末に明石藩が築いた舞子砲台跡、

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    相変わらず観光バスで大挙して中国からの観光客が来ている、

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    冬になると、ここからは地平線に沈む夕陽を見ることができる、

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    舞子の海岸、

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    塩屋近辺、ここは昔外国人の別荘があったので今でも洋館が残っている、


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    山陽電車、

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    ここは絶対にスピードを出してはいけない、そう、レーダーで待ち構えているので、

    下り坂でどうしてもスピードを出したがる、

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    左のバスの駐車場の空き地がスピードを出し過ぎた車を手招きして入れる所、

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    須磨水族館を海側から見たところ、

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    2号線から外れてこの狭い道を通り、あのビルの下に「こだま号」が展示されている、

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    そう、コレ、シートの中は旧型の「こだま号」が隠されているらしい、

    この道を真っ直ぐいくとすぐに踏切にぶつかる、川崎重工の工場内の踏切である、


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    後ろを振り返って撮ったところ、

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    ずっと前方に見える、あれが踏切、

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    線路が道路を横切っているのである、右も左も電車の工場となっている、

    誰でも、一般車両も自由にここは通ることができる、

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    あいにくと新幹線はいなかった、



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    あとはメリケンパークへと、

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    夏も終わり、平日ともありガラガラ、

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    遊覧船もガラガラ、

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    メリケンパークもガラガラ、

    海上も兵庫県警のパトロール船が巡回していた、

    ここから、厳戒態勢の三宮の山手の組事務所近辺も巡回してみようと思ったが、なんだか雨が降

    りそうになってきたので急きょ帰宅することにした、それはまた次回に、

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    帰りも同じコースを、前方見える白っぽいドームはサッカー場、

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    明石大橋のこの場所、誰も座っていない、これもなかなか珍しい、ここは涼むのに最高の場所、

    この時はまだ雨が降っていなかったが、自宅に戻って30分くらい経ったら雷がなったり、凄い雨に

    なったりして、もうすこし遅くなったら大変なことになっていた。

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  • 09/02/15--18:29: 只今、準備中!!
  • 明後日の「模型講座」のために、只今準備中!!

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    完成品を運ぶのは大変、そう、壊れないように、

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    それから当時の風俗のことも話さないといけないので、戦後からプラモデルが現れるまでの社会

    的時代背景を、絶対に学校では教科書でも教えないことを(笑)

    それはいいとして、一体どれほどの方が集まるのだろう、

    今のところ、わかっているのは4人ほど(笑)

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    明日の「昭和の動くプラ模型講座 戦車編」の準備はとりあえず完了した、

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    これ以上は運ぶのは無理、これだけにしておこう、

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    特撮仕様の61式戦車の整備もバッチリ!!、いつでも動かせる、

    博物館は一般入場は9時30分から、入館料200円を受け付けで払って、右側の階段で2階に上

    がって右の大会議室が会場、9時30分からはいつでもご自由に会場内にどうぞ。

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    今日の朝陽、そして、今日は「昭和の動くプラ模型講座 戦車編」の開催。

















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    昨日は、「昭和の動くプラ模型講座 戦車編」にご参加いただき、ありがとうございました、

    そして、準備から撤収まで手伝っていただいた〇〇さん、〇〇さん、本当にありがとうございまし

    た、遠くは東京、和歌山、岡山からもわざわざ来ていただき、ビックリしてしまいました、本当にあ

    りがとうございました、

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    準備しているところ、

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    これらの話から始まり、

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    注目を浴びたのがやはりこの相原の61式戦車、

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    このゴム動力で動くエスケープが注目を浴びる、

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    そう、この手巻きのクランクがアナログ的で今のハイテク化されたラジコン装置とは違ってとても新

    鮮?な感じにうつるらしい、

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    それと、このお手製のゴムキャタピラ、

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    それと、この日本ホビーの61式戦車、http://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/70650968.html

    この恐竜戦車の日本ホビーの台車、この戦車プラモがウルトラセブンと同じような大きさ、

    この台車戦車が日本ホビーのものであることは間違いない、

    これをどのように撮影したのか、まさか、日本ホビーのものをそのまま同じ形で拡大して製作した

    わけではないだろう、それとも合成したものなのか、結局結論はでなかったが気になるところでは

    ある、

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    帰宅しても車の中から運び出したのはとりあえずコレだけ、まだ大部分は車の中に積み込んだま

    ま、今現在もこのまんま、

    とにかく、帰宅して晩御飯を食べて横になったらそのまま寝込んでしまった、しかし、朝起きるのは

    決まってこの時間、高齢者は起きるのが早い、今日はこれからボチボチと車の中から運び出して

    また元の位置に戻さないといけない、それで、好評?につき来年春頃にはまた「SF、ロボット編」

    を開催したいなと思っている。




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  • 09/05/15--15:57: 今後のスケジュール

  • 10月25日(日) 
     
     〇静岡 クールジャパン オールドカーズフェスティバルhttp://www.shizuoka-create.jp/OCF.page/ocf.html

    これには僕の相棒の方が、「にしき屋」の横須賀軍港ジオラマを国内初として展示予定、

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    11月22日 23日 
     
     〇大阪南港ATC  モデラーズフェスティバル    
                 (これには明石小五郎も昭和の戦車プラモデル15輌ほど展示予定)


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    さて、「ウルトラセブン アンロイド0指令」ではオモチャ屋でウルトラ警備隊員がオモチャに攻撃さ

    れるシーンが面白い、

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    ま、これらはいつも見慣れたブリキ玩具、

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    これも見慣れたブリキロボット玩具、

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    ん、ん、4号戦車、今井科学の4号戦車なのか、しかし、砲身の先っちょがヘン、

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    ん、ライフル玩具の向こうに何か飛行機のプラモが見える、なんだろう、

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    おお~、これはニチモの走る紫電改、http://blogs.yahoo.co.jp/akasikogorou/69925991.html

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    こちらに向かってくる4号戦車、今井の4号戦車臭いなあ~、


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    後方から見ても、やっぱり今井の4号戦車臭い、真ん中の戦車はパットン臭い、

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    この4号戦車のマークは今井科学の転写マークなのである、

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    そう、この転写マークをそのまま使っている、



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    人は一度固まった思想というものは多少変化することはあっても、根本的に思想がまったく変わる


    ことはないとは思っていたが、そうではないこともある、

    艦コレの影響か何か知らないが、「新戦艦高千穂」という書籍が出版されている、

    そう、いつものようにアマゾンで購入し読んでみた、

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    表紙も今風のイラストとなっている、この本は戦前に出版された「新戦艦高千穂」を今風に

    仮名づかいを改め高校生でも読めるようにしてある、実はこの著者こそバリバリの左翼活動家か

    ら180度方向転換し軍事評論、SF軍事冒険作家として活躍した「平田晋作」であった、

    しかし、国会議員立候補のため故郷の赤穂へ車で向かう途中、その車事故に遭いそれが原因で

    31歳という若さでこの世を去った、

    この「新戦艦高千穂」も今で言うSF軍事冒険小説であり、おそらく当時の青少年達は今の「宇宙

    戦艦ヤマト」的な感覚で読んでいたのかもしれない、ただ、「宇宙戦艦ヤマト」は現実的にはありえ

    ないまったくの空想SF物語である、この「新戦艦高千穂」は当時としてはまだ架空の戦艦では

    あるが、それがまったく実現しないような空想の兵器ではなく、10年後、20年後には実現しそう

    な現実的な戦艦兵器であるところに大きな違いがある、そして北極にその戦艦で探検に行き諸外

    国の軍艦を打ち負かし、活躍している主人公も少年、少女というところに当時の青少年達は勇気

    づけられたのだろう、

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    その「平田晋作」の著作本にはこのような軍事解説本もあるが、

    その中に平田晋作の写真があった、

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    「故 平田先生」とあるので、おそらく当時の事故で亡くなった時の新聞記事か何かを切り抜いて

    貼り付けたのだろう、

    さて、その「新戦艦高千穂」なる本は昭和11年に出版された、その新戦艦高千穂とはいかなる新

    戦艦だったのだろうか、 <続く>

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    昔の懸賞のポスターが好きなもので、見つけるとつい手にいれてしまう、

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    このサンスターの懸賞のポスターが凄い、何が凄いかというとその懸賞品が凄い、

    ところで、このポスターの年代がこれではわからない、まあ大体の昭和30年代初頭とはなんとな

    くわかるが、何年かは特定できない、多分昭和29年か30年には間違いないだろう、

    なぜわかるの? それは後で述べるとして、

    とにかく、この頃の懸賞品が凄い、特等の商品はというと、

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    なんと土地付き新築住宅+結婚支度金、もしくは現金で200万円だという、

    この頃は100万円で普通の家なら建ったという、正確には今の価値に換算はできないが、

    おそらく、200万円だと今の価値では4,000万円くらいにはにはなるかもしれない、

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    次に1等がこのイギリス製中型乗用車、昭和29年頃はまだまだ国産車が少なかったので

    舶来の車にしたのだろう、

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    実は、この2等商品の洗濯機は昭和29年に発売されたナショナルの洗濯機なのである、

    この型式の洗濯機を調べた、そうしたら昭和29年に発売されたナショナル洗濯機だった、

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    以下、3等、4等、5等、という景品になる、

    本当に、今では考えられないほど昔の懸賞は派手だった、

    では、なぜ今の懸賞は昔みたいに高額ではなく、魅力?のないものになってしまったのだろうか、

    それは、ある菓子メーカーの懸賞がキッカッケだったと記憶している、

    それはそれは、物凄い超超高額な懸賞であり、昭和36年の出来事であった、

    昭和36年、僕が小学6年生の時である、父だったか兄だったかそれは忘れてしまったが、

    朝刊を広げて唸っている、「う~ん、これは凄いな~」と、

    何だろうと、朝刊の広告欄を見てみると、それはチューインガムのロッテの懸賞広告であった、

    特等がなんと現金1,000万円!! チューインガムを買って応募券を送ると抽選で1,000万円

    当時の1,000万円だと今の金額ではおそらく1億円は超えるだろう、当時の宝くじでも特等は確

    か500万円くらいだっと記憶している、そう、宝くじの当選金の倍の賞金だったのである、

    そりゃ、もちろん応募が殺到したらしい、これをきっかけにロッテは売上を伸ばし業界ナンバーワン

    の地位を築きあげたともいわれている、ただ、その反動も大きかった、お互いに過激な競争に走り

    消費者の射幸心をあおることとなってしまった、これではいけないということで、

    それらの防止を図るために規制のルール等が制定され、現在の法令に至っていると記憶してい

    る、それにしても、昔の懸賞は僕らにとっても魅力的だった、ガムを買っても、グリコを買っても、

    カバヤを買っても、明治キャラメルを買っても、森永キャラメルを買っても、応募券が付いていて素

    敵な景品のポスターが店に貼ってあった。

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    昔はこのような懸賞ポスターが店内に貼られていて、その賞品目当てによくキャラメルやらチュー

    インガム等を買ったものである。

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    昭和42年に公開された「ガメラ対ギャオス」、これは今まで観たことはない、

    ユーチューブで観たところ、

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    なんか61式戦車がオモチャっぽく見えてしまう、それは、日の丸が大きすぎるため、

    日の丸がやけに目立ってしまう、

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    これは日本ホビー、

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    そう、こんなに日の丸が大きすぎて、せっかくの相原模型の61式戦車がオモチャっぽく見えてしま

    う、まったくセンスなし、日本ホビーと相原のごちゃまぜ、

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    アレッ、向こうに見えるのはタミヤのビッグショット?

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    ギャオスの羽ばたきの風で飛ばされる61式戦車、

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    12、7ミリ機銃のキューポラの砲塔が外れて、飛ばされる、

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    そう、相原の12、7ミリ機銃のキューポラは乗っかっているだけなので外れてしまう、

    しかし、いくら乗っかっているだけとは言ってもアルミ製であり、相当な風でないと吹き飛ばない、

    大きなプロペラを回して吹き飛ばしているのだろう。

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  • 09/08/15--18:59: 手術を決意、
  • 以前から気になっていたので、手術を決意した、


    いやいや、手術とは言っても僕の体ではなくプラモデルの体?である、

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    そう、このマルザンの「ジャイアントゴリラ」の体である、

    以前から気になっていた箇所をいよいよ手術することにした、

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    用意した道具はコレだけ、  もちろん、手術するのはあのギアである、 

    新たに新技法を考案した?、はたしてうまく成功するかどうか、 <続く>

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    さて、ジャイアントゴリラの手術はというと、


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    用意したのはこれだけの道具、カッターではなく、あえて肥後の守を使用する、

    そして接着剤は、今回初めて使用するボンドの「ウルトラ多用途SU」 である、

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    お腹を開けてみて、

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    いつものピ二オンギア、

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    このピ二オンギア、劣化して割れているので瞬間接着剤を流し込んで固めてある、

    が、これだけ歯の隙間が開くとギアの噛み合いが悪くなってくる、もう交換するしかない、

    今回は、このピ二オンギアを交換することにした、とはいうものの、

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    ギアボックスが簡単に分解できればいいが、このギアボックスそう簡単には分解できない、

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    ギアボックス本体はビス止めなので簡単に取り外しできるが、分解するのはかなり困難、

    仮にギアボックスが分解できたとしても、ピ二オンギアを交換するのもかなり困難、 

    そこで、ギアボックスも何も分解せずにこのままの状態で、劣化して割れている緑色のピ二オン

    ギアを外して、新しくピ二オンギアを取り付けることにした、

    それが今回あみだした新技法?である、  この新技法、今までに誰か考え出したことはあるだろ

    か、学のない僕だから単純な技法?が編み出せる(笑)  <続く>

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